Mar 7, 2012

ラリー小野田との思い出

2012年3月1日に、Funkyベーシスト ラリー小野田が逝去(享年52歳)。
3月4日に小岩でお別れ会があった。
その前の晩から、ずっとラリーとの思い出を振り返ってみた…。
3/1以降のツイッターを見ていると、本当にたくさんの人たちに
それぞれのラリーとの思い出があって、 その方たちのブログを読んでいると
「あるある」と自分にも思い当たるようなことがあった。
私もラリーとの思い出をここに書き記して、ラリーと音楽活動を共にした人たちと
思い出を共有できたらいいなと思います。

出会いはかれこれ22〜23年前。
当時、私は「Roll um Easy」という女性ロックバンドでギタリストをしていたのだが、
そこで新しいドラマーを募集していたところ、あの「SLUT&SLASH」の女性ドラマーが来てくれた。そしてSLUT&SLASHのベーシストであったラリーも、まめにRoll um Easy に顔を出しては、気合いが入ってとんがっていた私たちに、男性陣をギャフン(←古)と言わせるようなサウンドを作るアドバイスをくれた。私は、オーバードライブにワウやフェイザーなんかのエフェクターを使っていたのだが、「ユニバイブを見つけたらすぐ買った方がいい」とか「ユニバイブの代わりにコルグのToneWorks G4(だったかな)がいいぞ」など言っては、「Dave MasonやRobin Trowerあたりを目指すといいよ」と、テープに音源をダビングしてくれたりアドバイスしてくれていた。あるライヴの日に、Roll um Easyのベーシストの都合が悪くなり、ラリーが代わりに入ってくれた時があったが、その時はジミヘンの「Freedom」を急にコピーさせられて、すごいギリギリな感じで演奏したのを覚えている。

その後、私はRoll um Easyから独立して、Vocal & Guitarとして「コントロール」という、私とベースが女性でドラムは男性という3人編成のバンドを立ち上げ、ギターカッティングをフューチャーした曲でライヴ活動をしていた。ラリーはコントロールのベーシストを育てたいモードに入っていて、コントロールでは主にリズム体に対して、ライヴを見てはアドバイスをくれていた。
この頃、ラリーが私に「自分のメインバンドだけでなく、腕を磨くためには、いろんなバンドをもっとたくさんやった方がいいよ」とアドバイスしてくれた。そんなアドバイスも手伝って、かなり濃いFunk集団の「Bad☆Gun」にサイドギタリストとして参加することになった。

その後にも「他にもバンドやろうぜ」ってことで、雑誌のメンボでデュアン・オールマン好きの女性ギタリストと出会い、「Gang Bang Review」という名のバンドを作った。そんなにたくさん活動はしなかったが、ギム・サム・ラヴィンとかサティスファクションなどのカバーや、オリジナル曲で数回ライヴをやった。

その後には、友人でボーカリスト & Song WriterのAkemiとツインボーカルで、1回だけの企画ものバンド ファイネストラヴァーズを結成。私の地元のキーボーディストとギタリストを誘って、下北沢251でライヴをやった。この若手ギタリストにもラリーはあれこれいろいろアドバイスをしていて、本当に若手育てが好きなんだなぁと思った。

そして、さらにその後「がっつりギターを弾けるギタリストを入れて、コンちゃんの歌をもっとフューチャーできるバンドをやろうぜっ」と再び声をかけられ、「Monkey Brain」というバンドを結成した。このバンドではレコーディングまでして、短期間ながらも意外に濃い活動をしていた。そして、この話を今回思い出していた時に、とても大事なことに気づいた!  その「がっつり弾けるギター」というのが、いまの私の人生のパートナーでもある池内秀樹なのだ。Monkey Brainのために、ダメもとで声をかけたのがきっかけで一緒にバンドをやることになったのだが、ラリーがこのバンドをやろうと声かけしてくれなかったら、私は池さんと再会していたのだろうか?? なんとラリーには私の人生の大分岐点となるきっかけを与えてもらっていたのだ。

そして、ステージネームをRoseと改名し、ボーカリストとして「Rose & the Essentials」で活動を始めた。ここでもラリーが関西で忙しくなるまでは、ベースを弾いてもらっていたのだ。

それにしても、本当にラリーは最後までよくがんばったと思う。あんなに人ってがんばれるものなんだろうかと不思議に思うし、ラリーとも「もはやこれは奇跡に近いかもね」などと話していた。もともと体が大きいので、あまり痩せた感じもしなかったし、実際つらそうな時もあったのだが、それでも私よりもはるかにエネルギーに満ちている感じを受けた。最後の演奏になってしまった2/23のロックミュージカルのバンドでも、薬の袋を後ろにぶら下げたまま、フィナーレでのラリーコールの中でのベースソロでは、本当に輝いていた。あんな楽しそうな顔をして弾くラリーを見ることができたのは、本当にラッキーだったと思う。私は、人生観が変わってしまうほどに感動して、思わず涙が出てくるほどだった。

ラリーのお別れ会で、ラリー本人と対面した時、「あっ、ラリーもうここにはいないな」という気がした。「ラリーはもう次のどこかにいったんだな」という気がして、涙はこみ上げてきたけど、悲しみよりも、「ラリー、自由になったんだなぁ」という気がした。すごく不思議な感情に自分でも驚いてしまったのだが、最後の最後まで、ラリーにはいろいろ教えてもらったり、きっかけをもらったりしてるみたいだ。

ラリー、本当にいろいろありがとう。
ラリーに出会えて、本当に楽しかったよ。
もう次に向かってるラリーを、応援してるよ!

Feb 18, 2012

2/29 Roseライヴのお知らせ


2月29日、約6年ぶりにワンマンライブをやります!
実はこの日、私の4年に一度の誕生日なんです(自分で言って、恐縮です)。
まだまだがんばるRoseをぜひ応援しに来てください。
心からお待ちしています。
Rose

2012年2月29日(水)
大塚 Welcome back
Open 18:30 1st Stage: 17:30 2nd Stage: 21:00 Charge: 2,500円
Vocal: Rose (aka T. Kon)   Guitar: 池内 Ike 秀樹
Drums: アーミン・武士・リンツビヒラ Bass: 大友 Big Daddy 正明
Percussion: 中島オバヲ Keyboard: 安齋孝秋

Feb 15, 2012

Whitney Houstonに思いをよせて


 今年のグラミー賞は、どうにもならない沈痛な雰囲気ではじまった。その前日、あまりに突然ホイットニー・ヒューストンが逝ってしまったからだ。L. L. クール J.は見事な司会で、この瞬間に音楽を楽しむことがホイットニーへの餞になるのだと信じさせてくれた。心のこもったオープニングだった。

 90年後半から、歌のうまい女性シンガーたちをDivaと呼ぶようになった。その前は「Queen of 〜」という言い方が主流だったと思う。Divaを5人選ぶとなると多少の違いがあるかもしれない。でもDivaをひとり選べとなると、間違いなくホイットニー・ヒューストンだと思う。
 昨日のテレビで女性コメンテーターが「一生分の息を使って歌っているようだ」と表現していたが、まさにそう思わせる、宇宙を震わせるほどの歌声だ。そして、これほどまでに、ホイットニー・ヒューストンの歌声、そして存在そのものが神様からの贈り物だったと思わずにはいられなかった。そしてそう思うと、少し気持ちが癒される気がした。

 私は2010年2月、埼玉スーパーアリーナで2回コンサートを見た。昔のような声ではないと批判する意見もあったが、私はそうは思わなかった。確かに声はかすれていたし、昔のヒット曲をオリジナルキーで歌うのは今は無理なのかなとは思った。でも、歌のテクニックや表現力は前にもまして迫力があり、現在のホイットニーのキーにあっている新しいアルバムからの曲では「これから自分は強く生きて行く、歌って生きていくんだ」という決心を心から強く表現していた。どんなに声が昔とちがっていても、生であのI will always love youを聞けば「If〜」と歌った瞬間に、思わずスタンディングオベーションをしてしまう、やはりホイットニーの右に出る者はいないと思った。そして、私はこのままファンとして応援し続けようと思ったのだ。

 ホイットニーのプロフィールや『ホイットニー・ヒューストン物語』(吉岡正晴氏[翻訳・監修]) を読むとよくわかるが、そんなDivaにも満たし切れない思いはあったようだ。
 ホイットニー・ヒューストンは、ゴスペルシンガーである母の血を受け継ぎ、ブラックカルチャーのルーツである教会でゴスペルを歌うことから音楽人生をスタートさせている。その後華々しくデビューし、ビルボードチャートをかけぬけたことは誰もが知っているが、この成功は当初、一部のブラック社会から批判されていたのだ。
 Soul Trainアワードというブラックミュージックの祭典があり、当時ホイットニーはもちろん受賞したのだが、その際、会場からブーイングがあったそうだ。そして「オレオ」という屈辱的なニックネームが叫ばれたりしたということだ。オレオはあのクッキーのことだが、外側が黒くて中が白い、つまり、黒人だけど中身は白人だ、という嫌みなニックネームなのだ。その後のホイットニーは、このブラック社会から認められることを強く求めるようになった気がしている。
 そもそもボビー・ブラウンとの恋は、そんな気持ちからスタートした部分もあるのでは、と推測したりしていた。当時のボビーホイットニーの洗練された美しいサウンドとは異なり、当時のブラックミュージックの先端サウンド、ニュージャックスイングでブラックカルチャーのかなりなクール路線をいっていた。そんなボビー・ブラウンに認められれば、自分をオレオと呼んだような人たちにも認められることになると思ったりしたのではないか、とこれは私の勝手な推測だけど、そんな風に思っていた。
 その後も、叔母のディオンヌ・ワーウィックのように、きれいなメロディーを歌う正統派路線で十分成功したはずなのに、Hip Hop色の強い曲や、Hip Hop系シンガーとのコラボなど、ゴスペルではない、ストリートなルーツを取り入れていこうとしている姿に、ホイットニーのそんな気持ちがうかがえる気がしていた。
  誰もが欲しがる全てを持っている、と思われたいた女性も、自分にない何かを求めてやまないものなのだと思うと、人って本当にはかない存在であり、また一人一人が貴重な存在なのだと実感する。

 もし、ホイットニーの音楽をあらため聞いてみようという方は、ぜひ最新の「I Look to You」を聞いてほしい。ホイットニーがこれから自分の第2の人生を歩むために、最後まで立ち上がろうとしていた強い思いが感じられると思う。そして、生きるってそういうことなんだ、と教えられることに気づくと思う。

 Whitney, you are the best, only one diva. 
   And we will always love you. 


自分の思い出記述 その1。。。
かつてホイットニーがTwitterをしていたころ、私は幸運にも返信をしてもらった。遺作となった映画「スパークル」の撮影がはじまったばかりで、ホイットニーはそのリハーサルでこれからスタジオに行くとつぶやいていた。私はそれに対して、「Wow, I can’t wait to see you in the screen.」と返信したら、「I'm excited, too, girl」みたいな返事が来たのだ。興奮しきった私はこれをずっとお気に入りにいれたいたのだが、ある時、ホイットニーがTwitterを辞めてしまい、一斉削除になってしまった。そして私のお気に入りからもなくなってしまったのだ。大切なお気に入りTweetはキャプチャを取っておくべきだった(号泣)。


自分の思い出に記述 その2。。。
2月29日のライヴに向けての新曲、今回は英語で歌詞をつけたのだが、偶然にも
ホイットニーをイメージして数行を書いていた。
自分が憧れていたDiva、全てを持っていると思ったが、
彼女はいま、ひとりで戦っている
どんな女性にも自分を守ってくれる人が必要なのだ…
というような内容だ。
以下、全詞。


I Have Faith in You

I look myself in the mirror
She’s smiling back at me
Though I never see any beauty in her
Surprisingly she’s bright and lively

To be a winner in the spotlight
I believed that’s the way life goes through
Though I never win but I feel shining, I’m all right
‘Cause I know I have faith in you

The diva whom once I adored,
She had perfect beauty and pride
She’s defended herself against scoffers
Any Woman needs someone to let her cry

My heart feels safe, cause you’re my Mr. Right
everyday isn’t easy, whenever I feel blue
I believe you keep me alive and guide me to the light
And I know I have faith in you

I feel much stronger than ever
You give me the confidence to be me, just be me
Since we’ve started to spend time together,
You taught me that loving myself means loving you and the love is all I need 
(© Rose T. Kon / Hideki Ikeuchi)

Nov 21, 2011

Rose 音楽活動再開への一歩

しばらく音楽活動を休止していましたが、ようやく、復活へ向けて動き始めることができるようになりました。 
12月7日 ゲスト出演
  まずは、12月7日に、池内秀樹(Gr)、カツオ(Dr.)、Beauty佐藤(Ba.)のトリオバンド「Dark Matter on the Earth」に、ゲストボーカルとして、大塚Welcome backに出演が決定しました。あのRolling Stonesの名曲と、カーティス・メイフィールドの名曲を、Soulfulにお届けする予定です。
Dark Matterは、3人のシンプルな構成ながら、スティーリン・ダンやアラン・ホールズワースなど、Musicians’ music的なサウンドを聞かせてくれます。ギター好きの方には、特にお薦めです。
2012年2月29日 完全復活します!
そして、Rose & The Essentialsとして、フルライヴで完全復活します。2月29日は実は私の誕生日。4年に一度しかないのですが、ちょうどよいタイミングなので、 この日にしようと決めました(Don’t ask how old I am!)。みなさん、もしよければ、今から、来年の手帳の2月29日を押さえておいてくださいマセ!

Love always,
Rose T. Kon

Jan 25, 2011

Mary J. Blige Live, Tokyo 2 days

ツアーTシャツ
1992年にデビューして以来、Hip Hop Queenとして君臨し続けるMary J.、私もデビュー当時からずっと応援しています (2005年にはRoseWebsiteのエッセイコーナーにて思いを書き綴りました;-)。そんなMary J. のコンサートに1月20・21日、水道橋JCB Hallへ行ってきました。
バンドは、ドラム、ギター、ベース、そしてキーボードとコーラスがそれぞれ3人、Mary J.を入れて計10人のブアツい迫力サウンドで、まさにグルーブの嵐でした。
曲はReal Love、Mary Jane、Be Happy、Family Affairなどなど聞けば必ず体が動くものから、I’m Going Down、Sweet ThingなどSoulファンの心をわしづかみにしてしまう曲、そしてNo More Dramaの怒りを爆発させたパフォーマンスは圧巻、会場中の人たちが一緒に吠えてました。MCの中で「人生、1つのドラマがやっと終わって次の扉を開けると、また次のドラマが待っていてイヤになることがあるけど、ドア開けたらそのドラマをやっつけて、また新しいドラマをやっつけて、またやっつけて(beat it)、どんどん新しい扉を開けていくしかないのよ、Ladies、がんばろうね」と。そして「自分の人生の最後の日には必ずこう言おうよ。“Everything’s gonna be all FINE!”」といってJust Fineが始まりました! 観客は始めから総立ちでしたが、ここでさらに5cmくらい身長が伸びたのではと思うくらい総立ち状態で、バンドの繰り出すグルーブ嵐とMary J.の魂の叫びで完全にノックアウトされました(フー、思い出すだけで熱いです)。

(余談ですが)コンサートの後…
コンサート会場を出てすぐの道路沿いで人集りが…、みんなが携帯で誰かを撮影してる…? それは車の迎えを待っている「叶姉妹」でした。テレビで見るより上品な感じで「そうか…、叶姉妹もMary J.見にきてたんだ」と思わず感心。まわりを囲んでいる人たちは静か〜に携帯電話で写真撮影、シャッターの音がわずかに聞こえるだけでちょっと不気味な感じの中、撮影してる人たちの合間に見えた恭子さんに思いっきり手を振ってみたら、なんと笑顔で思いっきり手を振り返してくれました。わっびっくり、だけど嬉しいなぁ〜。写真におさめるよりも記憶のシャッターにおさめた方が、Just Fineな気がして、すごく得した気分で帰宅しました。

Dec 23, 2010

Musicman and Blackstar

先月、中古で見つけたMusicmanのシルエット。4月の友人の追悼ライブで久々にギターを弾くことになり、前から持っていたストラトで練習していた。そんな中、店頭でなにげに試奏をしていたら、新しいギターが欲しくなってきて、しかもhumbuckingの方がいいかもと思いはじめ探していたところ、このMusicmanを見つけ、アンプ Blackstarと共にGet! この写真ではピックガードは白だけど、現在はパールに変えてます。このギターとても使いやすく手になじみやすい。ボディも小さ目なので、特に女性にはいいです。ボリュームのつまみを引くとリアもフロントもシングルになるので(多分はこれは前の持ち主が改造したようです)、ハーフトーンもバッチリで、私のために待っていたくれたのだ〜と思えるギターです。さあ、あとは練習、練習!

Jul 27, 2010

マリーナ・ショウ Live in Tokyo II のCD化を!

マリーナ・ショウのライヴ、
2010年7月26日に見てきました!
往年のファンと自負している私ですが、
本日のライヴは最高の最高でした。
ますます歌声にパワーとツヤが増して、オープニングから心をグッと鷲掴みされてしまいました(涙がチョチョ切れるとはこのことです)。
マリーナ・ショウの歌声とトークは
本当に幸せな楽しい明るい気持ちにさせてくれます。
そしてメンバーは言うまでもなくすごいのですが、とくに
デビッド T.ウォーカーのギターはのけぞりものでした。
マーヴィン・ゲイなどSoulのアルバムでサウンドはよく知っていましたが、生演奏はもっとすごい!
マリーナ・ショウの歌との掛け合いは絶品で、これぞ「ギターが歌う」ということなのだと、一生に一度見れるか見れないかの名演でした。
赤坂B-flatでのライヴのCDはとてもとてもすばらしく愛聴していますが、
今回のライヴはさらにそれを上回る名盤になると思います。ぜひCD化して欲しい!
そして、次回のマリーナ・ショウのライヴも期待しています。Go girl, GO.

Jul 24, 2009

MJ, Forever


マイケル、ありがとう。私の自慢は一度もマイケルに背を向けたことはないということだ。一度もマイケルの悪口を言ったことはない。人がマイケルのゴシップについて語れば、彼がいかに素晴らしいか伝えようと努力した。ここ数年はマイケルの音楽の話をしても二言目にはゴシップの話になってしまうので、人とはあまりマイケルの話はしていないけど、元気ややる気のない時は、スリラーやビートイットを聞けば、なぜかゴキゲンになっていたし、モータウン25周年のビリージーンを見れば、底知れぬパワーが体の底から湧いてきた。最も好きなRemember the TimeのVJは何回見ても楽しいし、Another Part of MeのVJのライブでは思わず「Ho--ho」と一緒に叫んでしまう。15年近く前だけど、Band活動をしていると、マイケルが好きだと話すと、なぜかバカにされることが多かった。みんなビートルズやストーンズの偉大さは語るのにモータウン、とりわけマイケルについては、ゴシップばかりでそのサウンドやパフォーマンスについて真剣に語る人はなかなかいなかった。私はあえてマイケルのTシャツを来てロッカーたちに反抗していた。
 音楽活動をする前の高校生の頃は、私にとってのマイケルはPOPスターの一人で、もちろんスリラーのVJをノーカットで放送するときは、テレビの前でずっと待っていたりした。同世代の人たちとの共通の思い出だと思う。その後、音楽のことを勉強して、いろいろな感覚が身に付いてくると、マイケルのサウンドがどれほどすごいものなのか、再発見することになった。ここで、私にとってのマイケルはポップスターから尊敬するアーティストに変わった。音楽を学んでから、再びアルバムスリラーを聞いたときのあの感動は今でも忘れられない。見えていなかったものがあらゆる五感、六感を通して感じることができた。
 そんなマイケルは、いったい何から、誰からパワーを得ていたのだろう。また、何に癒されていたのだろう。彼が亡くなった後の報道で、どこまで事実かはわからないが、まさに「孤高の天才」状態だったのだろう。裁判の後は3人の彼の子供たちが唯一彼の心のよりどころだったのかもしれない。また、遺書にダイアナ・ロスの名前があったのも、勝手ながらマイケルに遺書に書けるような信頼できる友人がいてよかったと、ちょっとホッとした。
 マイケルがいなくなったら、いったい誰が世界の平和、子供の幸せ、地球の未来を堂々と歌にして人々に訴えていくのだろう。子供たちとステージに上がって訴えることのできるアーティストはいるのだろうか? U2のボノかれしれないが、私の母には難しいだろう。マイケルのように国境を越えて、世代を超えて、私の母たちにまでその声を届けることができるアーティストは、もう現れないかもしれない。
 ここで、私たちそれぞれに新しい使命が与えられたのかもしれない。私の母に大切なメッセージを届けられるのは、私自身だし、これを読んでくれたあなたの回りの人たちに大切なメッセージを伝えるのはあなたの役目になったのかもしれない。マイケルには世界中の人に声を届ける力があった。今度は、マイケルのメッセージを知っているあなたがあなたの身近な人に伝えていけば、一人の届ける範囲は狭いけど、たくさんの人がそれをすれば、限りなく行き渡っていけると思う。
 TVでブラザーコンさんが、「マイケルは手の届かないスーパースターだったけど、亡くなって身近に感じるようになった」と話していた。マイケルはスーパースターとしてでなく、アイドルフィギュアとしてでなく、一人の生身の人間として生きていたんだ、と感じることができたからかもしれない。そして、人の生死は唯一誰にも平等にあるものだということを教えられた気がする。
 みんな、毎日忙しい仕事に追われたり、または先の見えない不安に襲われたり「自分の人生はこれでいいのか?」と日々過ごしていると思う。いま、彼の音楽を聞いていると、マイケルも同じだったんだと、その音楽が強く訴えかけてくる。

Aug 18, 2008

Thank you, Hiram and Isaac.


One of my guitar heros, Hiram Bullock passed away on July 31, 2008. I was really shocked.
1994年5月にNYに行った際、ザンジバルというクラブでHiramのライヴを見た。といっても、いつもの彼のギタリストとしてのライヴではなく、Hiram ひとりでピアノの弾き語りをしていた。What's Going OnなどSoulのスタンダードや、Angelinaというオリジナルのバラードを歌っていた。彼は大阪生まれというのもあってか、日本人の私と友人にとても親切だった。しかも、ザンジバルはこの日ガラガラで、写真まで一緒に撮ってもらえたのだ。その後、Hiramがブルーノート東京に来た際、友人と一緒に楽屋に通してもらい、その時とった写真にサインしてもらった。友人はYokoという名だったので「Yoko Onoと一緒だね」と興味深げにされていた。私はまだRoseではなかったので、名字のKonと書いてもらい「覚えやすい」と言ってもらった。それからは、この写真はNYの思い出としてだけでなく、私の人生の宝物の1つとなった。リズムギターが好きな私は、よくWindow Shoppingを聞きながら練習したものだ。「困った時はワウを踏めばいい」と名言を言ったHiramの教則ビデオもいまは懐かしい(この名言正しいです!)。まさかこんなに早く旅立ってしまうとは思わなかった。何がきっかけだったか、今は覚えていなけども、あなたの音楽に出逢えて幸せでした!ありがとう。

そして、またも訃報が…。Issac HayesがAugust 10, 2008に旅立ってしまった。
Issacも実はNYでライヴを見ることができた。しかも特別な思い出だ。私は97年12月末から98年1月初旬までNYに滞在していた。私の大切な友人NさんがNYに長期滞在をしていた頃だった。彼女も私と年末を過ごせることを楽しみにしていてくれて、大晦日はIssac Hayesのライヴでカウントダウンだぁー!と、当時のはやりのクラブ(名前を忘れてしまいました)へ駆けつけた。とても暖かみのあるジェントルなIssacは時にピアノに座り、時に自分のオーケストラを指揮しながら、ライヴを盛り上げ、最後はもちろん「Shaft!!, Damn right...」。Nさんと私は自分の魂がキラキラしているのを心底感じ、友情を深めて新年を迎えたのでした!
Issacは最近、映画俳優として活躍していました。私の最近の一押し「Hussle & Flow」にも出演していたよ。
「The Simpsons」ではバートとリサがカラオケに行き、「Shaft」をかけて、「Shaft!!」しか歌わないというギャグがあり、これを笑えた自分がとても嬉しく、誇らしかった。Issac Hayes、早すぎる旅立ちだと思うけど、安らかに眠ってください。素敵な音楽をありがとう!

Jul 19, 2008

The way to bring back to the stage:
Part 1 - I miss this feeling


What's uuuuuup! Wow I don't know why I'm so excited. Since I've decided to live for me and people I care, dark clouds in my mind had been gotten rid of. I learned that something new for you would be always waiting for you if you take a step forward. When I changed my job, it was scary, truly scary. And at first, I thought I made a mistake. I should stay same old place, just sit tight and denied myself if you didn't like there. But I made a right choice. Move to next stage in your life. You can meet new people, good one and bad one, but forget bad guys, stay with good new people, the keep your mind flesh and clean. I learned a lot. And I feel the energy for express myself has been coming back from my toes then it has gone up to my brain. I miss this feeling. Thank you my old friends, and new friends who care about me, and who I want care. Love always, Rose