Mar 7, 2012

ラリー小野田との思い出

2012年3月1日に、Funkyベーシスト ラリー小野田が逝去(享年52歳)。
3月4日に小岩でお別れ会があった。
その前の晩から、ずっとラリーとの思い出を振り返ってみた…。
3/1以降のツイッターを見ていると、本当にたくさんの人たちに
それぞれのラリーとの思い出があって、 その方たちのブログを読んでいると
「あるある」と自分にも思い当たるようなことがあった。
私もラリーとの思い出をここに書き記して、ラリーと音楽活動を共にした人たちと
思い出を共有できたらいいなと思います。

出会いはかれこれ22〜23年前。
当時、私は「Roll um Easy」という女性ロックバンドでギタリストをしていたのだが、
そこで新しいドラマーを募集していたところ、あの「SLUT&SLASH」の女性ドラマーが来てくれた。そしてSLUT&SLASHのベーシストであったラリーも、まめにRoll um Easy に顔を出しては、気合いが入ってとんがっていた私たちに、男性陣をギャフン(←古)と言わせるようなサウンドを作るアドバイスをくれた。私は、オーバードライブにワウやフェイザーなんかのエフェクターを使っていたのだが、「ユニバイブを見つけたらすぐ買った方がいい」とか「ユニバイブの代わりにコルグのToneWorks G4(だったかな)がいいぞ」など言っては、「Dave MasonやRobin Trowerあたりを目指すといいよ」と、テープに音源をダビングしてくれたりアドバイスしてくれていた。あるライヴの日に、Roll um Easyのベーシストの都合が悪くなり、ラリーが代わりに入ってくれた時があったが、その時はジミヘンの「Freedom」を急にコピーさせられて、すごいギリギリな感じで演奏したのを覚えている。

その後、私はRoll um Easyから独立して、Vocal & Guitarとして「コントロール」という、私とベースが女性でドラムは男性という3人編成のバンドを立ち上げ、ギターカッティングをフューチャーした曲でライヴ活動をしていた。ラリーはコントロールのベーシストを育てたいモードに入っていて、コントロールでは主にリズム体に対して、ライヴを見てはアドバイスをくれていた。
この頃、ラリーが私に「自分のメインバンドだけでなく、腕を磨くためには、いろんなバンドをもっとたくさんやった方がいいよ」とアドバイスしてくれた。そんなアドバイスも手伝って、かなり濃いFunk集団の「Bad☆Gun」にサイドギタリストとして参加することになった。

その後にも「他にもバンドやろうぜ」ってことで、雑誌のメンボでデュアン・オールマン好きの女性ギタリストと出会い、「Gang Bang Review」という名のバンドを作った。そんなにたくさん活動はしなかったが、ギム・サム・ラヴィンとかサティスファクションなどのカバーや、オリジナル曲で数回ライヴをやった。

その後には、友人でボーカリスト & Song WriterのAkemiとツインボーカルで、1回だけの企画ものバンド ファイネストラヴァーズを結成。私の地元のキーボーディストとギタリストを誘って、下北沢251でライヴをやった。この若手ギタリストにもラリーはあれこれいろいろアドバイスをしていて、本当に若手育てが好きなんだなぁと思った。

そして、さらにその後「がっつりギターを弾けるギタリストを入れて、コンちゃんの歌をもっとフューチャーできるバンドをやろうぜっ」と再び声をかけられ、「Monkey Brain」というバンドを結成した。このバンドではレコーディングまでして、短期間ながらも意外に濃い活動をしていた。そして、この話を今回思い出していた時に、とても大事なことに気づいた!  その「がっつり弾けるギター」というのが、いまの私の人生のパートナーでもある池内秀樹なのだ。Monkey Brainのために、ダメもとで声をかけたのがきっかけで一緒にバンドをやることになったのだが、ラリーがこのバンドをやろうと声かけしてくれなかったら、私は池さんと再会していたのだろうか?? なんとラリーには私の人生の大分岐点となるきっかけを与えてもらっていたのだ。

そして、ステージネームをRoseと改名し、ボーカリストとして「Rose & the Essentials」で活動を始めた。ここでもラリーが関西で忙しくなるまでは、ベースを弾いてもらっていたのだ。

それにしても、本当にラリーは最後までよくがんばったと思う。あんなに人ってがんばれるものなんだろうかと不思議に思うし、ラリーとも「もはやこれは奇跡に近いかもね」などと話していた。もともと体が大きいので、あまり痩せた感じもしなかったし、実際つらそうな時もあったのだが、それでも私よりもはるかにエネルギーに満ちている感じを受けた。最後の演奏になってしまった2/23のロックミュージカルのバンドでも、薬の袋を後ろにぶら下げたまま、フィナーレでのラリーコールの中でのベースソロでは、本当に輝いていた。あんな楽しそうな顔をして弾くラリーを見ることができたのは、本当にラッキーだったと思う。私は、人生観が変わってしまうほどに感動して、思わず涙が出てくるほどだった。

ラリーのお別れ会で、ラリー本人と対面した時、「あっ、ラリーもうここにはいないな」という気がした。「ラリーはもう次のどこかにいったんだな」という気がして、涙はこみ上げてきたけど、悲しみよりも、「ラリー、自由になったんだなぁ」という気がした。すごく不思議な感情に自分でも驚いてしまったのだが、最後の最後まで、ラリーにはいろいろ教えてもらったり、きっかけをもらったりしてるみたいだ。

ラリー、本当にいろいろありがとう。
ラリーに出会えて、本当に楽しかったよ。
もう次に向かってるラリーを、応援してるよ!

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