Jul 24, 2009

MJ, Forever


マイケル、ありがとう。私の自慢は一度もマイケルに背を向けたことはないということだ。一度もマイケルの悪口を言ったことはない。人がマイケルのゴシップについて語れば、彼がいかに素晴らしいか伝えようと努力した。ここ数年はマイケルの音楽の話をしても二言目にはゴシップの話になってしまうので、人とはあまりマイケルの話はしていないけど、元気ややる気のない時は、スリラーやビートイットを聞けば、なぜかゴキゲンになっていたし、モータウン25周年のビリージーンを見れば、底知れぬパワーが体の底から湧いてきた。最も好きなRemember the TimeのVJは何回見ても楽しいし、Another Part of MeのVJのライブでは思わず「Ho--ho」と一緒に叫んでしまう。15年近く前だけど、Band活動をしていると、マイケルが好きだと話すと、なぜかバカにされることが多かった。みんなビートルズやストーンズの偉大さは語るのにモータウン、とりわけマイケルについては、ゴシップばかりでそのサウンドやパフォーマンスについて真剣に語る人はなかなかいなかった。私はあえてマイケルのTシャツを来てロッカーたちに反抗していた。
 音楽活動をする前の高校生の頃は、私にとってのマイケルはPOPスターの一人で、もちろんスリラーのVJをノーカットで放送するときは、テレビの前でずっと待っていたりした。同世代の人たちとの共通の思い出だと思う。その後、音楽のことを勉強して、いろいろな感覚が身に付いてくると、マイケルのサウンドがどれほどすごいものなのか、再発見することになった。ここで、私にとってのマイケルはポップスターから尊敬するアーティストに変わった。音楽を学んでから、再びアルバムスリラーを聞いたときのあの感動は今でも忘れられない。見えていなかったものがあらゆる五感、六感を通して感じることができた。
 そんなマイケルは、いったい何から、誰からパワーを得ていたのだろう。また、何に癒されていたのだろう。彼が亡くなった後の報道で、どこまで事実かはわからないが、まさに「孤高の天才」状態だったのだろう。裁判の後は3人の彼の子供たちが唯一彼の心のよりどころだったのかもしれない。また、遺書にダイアナ・ロスの名前があったのも、勝手ながらマイケルに遺書に書けるような信頼できる友人がいてよかったと、ちょっとホッとした。
 マイケルがいなくなったら、いったい誰が世界の平和、子供の幸せ、地球の未来を堂々と歌にして人々に訴えていくのだろう。子供たちとステージに上がって訴えることのできるアーティストはいるのだろうか? U2のボノかれしれないが、私の母には難しいだろう。マイケルのように国境を越えて、世代を超えて、私の母たちにまでその声を届けることができるアーティストは、もう現れないかもしれない。
 ここで、私たちそれぞれに新しい使命が与えられたのかもしれない。私の母に大切なメッセージを届けられるのは、私自身だし、これを読んでくれたあなたの回りの人たちに大切なメッセージを伝えるのはあなたの役目になったのかもしれない。マイケルには世界中の人に声を届ける力があった。今度は、マイケルのメッセージを知っているあなたがあなたの身近な人に伝えていけば、一人の届ける範囲は狭いけど、たくさんの人がそれをすれば、限りなく行き渡っていけると思う。
 TVでブラザーコンさんが、「マイケルは手の届かないスーパースターだったけど、亡くなって身近に感じるようになった」と話していた。マイケルはスーパースターとしてでなく、アイドルフィギュアとしてでなく、一人の生身の人間として生きていたんだ、と感じることができたからかもしれない。そして、人の生死は唯一誰にも平等にあるものだということを教えられた気がする。
 みんな、毎日忙しい仕事に追われたり、または先の見えない不安に襲われたり「自分の人生はこれでいいのか?」と日々過ごしていると思う。いま、彼の音楽を聞いていると、マイケルも同じだったんだと、その音楽が強く訴えかけてくる。

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